大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)702号 判決 1976年3月25日
控訴人 国
訴訟代理人 上野国夫 宝金敏明 森正弘 ほか三名
被控訴人 片野澄江 ほか四名
主文
一 原判決中、控訴人と被控訴人片野澄江とに関する控訴人敗訴の部分を取消す。
二 被控訴人片野澄江の控訴人に対する請求を棄却する。
三 原判決中、控訴人と被控訴人片野真美、同片野真理、同片野幸三郎、同片野籌子とに関する部分を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は、被控訴人片野真美、同片野真理に対して、各、金一、一一六、八六二円および各うち金一、〇一六、八六二円に対する昭和四六年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、被控訴人片野幸三郎、同片野籌子に対し、各、金二二O、〇〇〇円および各うち金二〇〇、〇〇〇円に対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人片野真美、同片野真理、同片野幸三郎、同片野籌子の控訴人に対するその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、控訴人と被控訴人片野澄江との関係では、第一、二審とも被控訴人片野澄江の負担とし、控訴人とその余の被控訴人らとの関係では、第一、二審を通じた費用を二分し、その一を控訴人の、その余を右その余の被控訴人らの各負担とする。
五 この判決は、第三項の(1)にかぎり、仮に執行することができる。
事実
控訴人代理人は、「原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原審被告野田に関する部分を除く)。
(控訴人代理人の主張)
一 道路の管理の瑕疵について
道路管理の瑕疵とは、道路が通常備えるべき安全性を欠如していることを指すところ(道路法四二条)、瑕疵の有無の判断に当つては、事故時における時間的、場所的、気象的諸条件、現在における技術的水準等を前提として、管理者のとつた措置の当否を検討するほか、併せて通行車両の運転者が当然認識し得る時間的、場所的、気象的諸条件や、道路標識等の存在により運転者に当然期待される運転上の措置等を考慮し、これらを総合して個別的、具体的に判断されるべきであり、これらの事情を無視し、右と無関係に絶対的安全性を追及すべきではない。
右の前提で本件事案を検討すれば、以下に述べるとおり、原判決が路面が凍結していたことのみをもつて「それが通行の用に供されている限りにおいて道路が通常備えるべき安全性を欠如していた。」としたことは失当である。
二 本件道路の冬期における条件
本件道路は積雪寒冷地である長野県下の山岳部に位置し(本件事故現場附近で標高約八八〇米)、冬期は厳しい自然条件の下にある。
控訴人は、このような本件道路を管理するものであるが、同地方の幹線道路である本件道路の交通を確保するためには、大量の降雪を如何なる方法で如何なる程度に排除するか、また本件道路の如き山岳道路にあつては、路面の凍結現象は気象の変化に敏感に左右され、瞬時に起るものであるが、これを如何に予測し防止するかが冬期における最大の問題である。
ところで冬期における右のような気象条件の下において、本件道路を夏期におけると同程度のものとして管理することは到底不可能であり、冬期における管理については、その気象条件が十分考慮されなければならない。
道路交通法施行細則も、冬期におけるこのような状態を前提として「積雪又は凍結している道路において自動車を運転する場合には防滑装置を講ずること」を義務づけているのであり、本件道路の管理の瑕疵の有無の判断に当つては、道路交通関係の法令が制度として防滑装置を講ずべきことを義務づけていることと相まつて、これと相関的に管理者に要求される管理の程度ないし水準が決定されるべきであり、防滑装置の有無は単に運転者の過失の有無の問題に止まるものではないというべきである。
然るに原判決は右のような考慮を払うことなく、一面的に管理者に対し、冬期においても夏期におけると同程度の水準で管理することを要求されているものと解されるのであり、控訴人の強く不満とするところである。
三 凍結の予知について
先に述べたように、本件道路のような山岳道路にあつては、道路の凍結現象は気象の変化に敏感に左右され、瞬時に起るものであるから、凍結の正確な予知は現在の技術では不可能であり、過去の実績や経験に照らして予測するほかない。
現在一応考えられている予知方法として、道路表面に水分があることを前提に気象状態と太陽輻射熱を受けた大地の温度を勘案し、これらの状態及び数値により予測する方法があるが、この方法は具体的には大気温度、地表面温度、地下温度、露点温度、熱放射量さらには路面温度の移動関係、地形的影響、観測各地点との相関関係等のデーターの解析が必要であり、この方法によつても、現在の技術水準では正確に予知するまでには至つていない。
加えて前記の方法は道路表面に水分があることを前提としているものであるから、実際の道路において降雨、降雪の予知ができなければ実用に供し得ないものである。
以上のとおり凍結の予知は現在のところ不可能であるが、加えて気象の変化は地域全般に、あるいは局地的に瞬時に起るもので、凍結防止措置(薬剤の撒布)または危険防止措置(道路標識等を具体的凍結箇所に設置)を完全に行うことはできない。
四 凍結防止剤(塩化カルシユーム)について
(一) 予備的撒布
前記のとおり凍結現象の予知が科学的に解明されていない現段階における薬剤による凍結予防方法としては、当日の気象条件からして、過去における実績や経験に照し凍結が予想される気象の推移を想定し、あらかじめ薬剤を予防的に撒布する予備的撒布以外に方法はない。
すなわち予備的撒布の必要性は気象台の発表する気象予報、パトロール結果及び道路情報モニターからの通報等の情報により、現地責任者である(本件の場合中部地方建設局飯田国道工事事務所木曽維持出張所。以下出張所という)所長が当該地方における気象の推移等を総合的に判断し決定するものである。
その具体的な判断基準は、
イ 路面上に湿潤な箇所があり気温が摂氏零度以下となることが予想される場合
ロ 降雨、降雪またはその恐れがあり、気温が摂氏零度以下となることが予想される場合である。
本件道路の薬剤撒布は、三月一六日午後五時から同七時にかけて行なわれたパトロールの結果、「出張所以北は気温は摂氏零度以上であるが、小雪がちらつく天候で、路面が湿潤状態である。」との報告により、出張所長は当夜の気象条件からして気温が摂氏零度以下になることがあり得ると判断し、予備的撒布を実施したものである。
なお、予備的撒布の量であるが、三月一六日午後八時一五分から同一〇時にわたり、木曽郡日義村稲沢地内から同郡楢川村桜沢地内までの間の凍結注意箇所(本件事故現場を含む)について薬剤六〇袋(一袋二五瓩入)を撒布したが、この撤布量は路面一平方米当り約一五瓦の割合である(これは氷厚によつても異なるが凍結時の撒布量の約二分の一である)。
この撒布量は本件道路の三月における平均的最低気温である摂氏零下五度、路面上の水量が〇、一五粍(路面の湿潤状態の平均的な水量)を想定し、決定したものである(この水量は薬剤一平方米当り一五瓦を完全溶解した場合、約一〇パーセント水溶液となり、この水溶液の結氷点は摂氏零下五度となる)。
(二) 凍結防止剤の効果
凍結防止剤の効果は吸湿潮解性による溶解熱、溶液の氷点降下及び稀釈熱によるものである。
予備的撤布における薬剤の効果は、主に吸湿潮解性により液化した溶液の氷点降下によるものであるが、該溶液は通行車両によつて飛散するため、交通量によりその効果の持続性は大きく左右されるとともに、特に降雨等があれば薬剤の流出はもちろん、溶液の稀釈が進み溶液の氷点が上昇し、凍結しやすくなる。
すなわち、控訴人の検討結果によれば、路面の薬剤の流出状態は路面勾配が一・五パーセントの場合、路面上の水量が約〇・三粍程度となつたときに起ることが判明したが、本件事故現場付近の路面の平均勾配は約一・五パーセントであるから、右検討結果からすると、本件の場合、薬剤を撒布してから事故時までに降水量が約〇・三粍以上となつたときは撒布した薬剤は流出状態が起り薬剤の効果は失なわれることとなる。
ところで本件事故当時(三月一六日午前九時から同一七日午前九時まで)の長野地方気象台木曽福島観測所の降水量は一粍また同気象台奈良井観測所では二粍であるから薬剤撒布後、本件事故発生時までの間に本件事故現場においても右約〇、三粍以上の降水量があつたものと推認され、この降水により撒布した薬剤は流出し、その結果路面が凍結したものと考えざるを得ない。
(三) 原判決に対する批判
原判決は「凍結防止剤を確実に撒布することによつて凍結防止は可能である。」との前提で「当時急激な降雨があつたとは認められず、むしろ路面が湿潤する程度の霧雨で薬剤が流出することはなかつたのではないかと認められる。」とし、「凍結の事実からして、凍結防止剤が撒布されなかつた可能性が高い。」と認定された。
しかしながら、前述のとおり路面の薬剤ないしその溶液は、通行車両による飛散や少量の水による流出等により、これを撒布してもなお路面が凍結することは起り得るのであり、完全に凍結を防止することは不可能である。
なお、控訴人が本件事故当日前夜、本件事故現場を含めて凍結防止剤を撒布したことは乙第二号証ならびに原審証人相渡良好の証言によつて明らかであり、撒布は撒布専用車によつて一定量が機械的、自動的になされるものであるから、本件事故現場附近だけ撒布もれが生ずることはあり得ず、原判決の認定は右のことを無視し、本件事故現場附近が凍結していたという結果からする独断である。
五 道路標識について
(一) 道路標識の効果
本件道路のような気象の変化の激しい山岳道路を冬期間において常時、完全に無凍結の状態に確保することは技術的に不可能であることは前述した。
そこで電光式情報板、道路標識等は、このことを通行車両に注意して警戒を喚起し、もつて通行の安全を図つているものである。
すなわち、本件道路の所在する長野県下にあつては、冬期間は道路が凍結することは、一般に通常予想される事態であり、しかも通行車両は道路標識等で道路の情報の提供を受けているのであるから、それに適した運転をすべきであり、道路交通法施行細則所定の防滑装置の着装義務もここに意義があるのである。
したがつて、本件にあたつては、これらのことを総合して管理の瑕疵が判断さるべきであり、これらを度外視し、原判決の如く「標識等の掲示によつて通行の安全性が確保されていたものとは到底認めることはできない」とすることは全く一面的であつて失当である。
(二) 道路標識の設置個所
凍結の道路標識は日照時間が少なく、一旦凍結するととけにくい個所及び路面がたえず湿潤状態で凍結しやすい個所を選定して設置したものである。
原判決は「具体的に凍結個所を表示するものではなかつた」とされているが、凍結のような気象の変化に敏感に左右される自然現象について、その都度具体的な位置、時間に道路標識等を設置することは不可能であり、本件道路標識の設置個所は妥当なものである。
六 本件道路の管理の瑕疵はない。
前述のとおり本件道路のような山岳道路で気象の変化がはげしく、しかも凍結現象のような気象の変化に敏感に左右され、瞬時に起るものについては、現状ではその予知方法すら技術的に解明されていないのであり、完全無凍結な道路の確保は不可能である。現在の我国における寒冷地の道路の管理は、当該地方の気象台の発表する広域の天気予報及びパトロール結果等を経験的に総合判断し、凍結防止措置として薬剤を撒布し、あわせて通行車両に対し注意を喚起する道路標識によつているのが実状であり、これ以上のことはなし得ない。
したがつて、事故が発生した場合も、車両の運転方法及び車両の防滑装置の着装の有無等と合わせて管理の瑕疵が検討さるべきであり、かかる観点からすれば、尽すべき措置を尽した本件にあつては、管理の瑕疵はないというべきである。
そうでなければ、山岳道路で一部でも凍結現象が生じたときはすべて管理の瑕疵が存することとなり、不可能を強いることとなつて失当である。
七 過失相殺について
仮に控訴人に本件道路の管理の瑕疵があり、損害賠償責任があるとしても、原判決の過失相殺に関する判断は失当である。
すなわち、原判決は「亡片野厳が、背後に十分注意を払わないまま被害車の前部附近に立つていた点に落度がある。」とし、同人の過失割合は一割五分であるとされたのであるが、同人は本件事故当日、被害車を運転して本件事故現場に至つたものであるところ、冬期の夜間に山岳道路を通行する場合には路面の凍結を予測すべきことは運転者の常識であり、また凍結の可能性は電光式情報板、道路標識などにより知り得たものというべきである。
然るに同人は法令に反して防滑装置を着装することなく本件事故現場に至り、その結果、スリツプして運転を誤まり被害車の前輪を側溝に落したものである。
ところで、本件事故は被害車を路面に戻した後に発生したものであるが、亡片野厳の過失割合の判定に当つては原判決の如く単に被害車を路面に戻した後の背後に注意しないまま立つていた点のみに限定して判断することは失当であり、控訴人の管理の瑕疵との関係で過失割合を判定するに当つては、亡片野厳が前述のとおり被害車に防滑装置を着装していなかつたこと、そのためにスリツプして運転を誤り被害車の前輪を側溝に落し、路面に戻す作業が必要となつたことなど同人の一連の行為を全体的、総合的に観察して決せられるべきである。
現に原判決は原審相被告野田の過失の認定に当つては、同人の運転状態、とりわけ加害者が防滑装置を着装していなかつたことを強く非難されていることからすれば、原判決の判断は一面的である。
控訴人としては亡片野厳には少なくとも五割の過失があつたものと思料する。
(被控訴人ら代理人の主張)
一 本件事故は控訴人の管理する道路並びにその管理の瑕疵によつて発生したものである。
控訴人は、「本件道路のような山岳道路にあつては道路の凍結現象は気象の変化に敏感に左右され、瞬時に起るものであるから凍結の正確な予知は現在の技術では不可能である。」と主張するが、本件事故の原因となつた凍結については、すでに前日の三月一六日の午後五時から七時にかけて行われたパトロールの結果により、道路が湿潤していることを知り、当夜の気象条件から気温が氷点下に下ることがあり、結氷するおそれがあることを現に知つていたことは明らかであるから、控訴人のいう「予知不可能論」は、全く本件においては失当である。
二 控訴人は、事故現場附近道路にも凍結防止剤撒布の措置をとつたが、通行車両による飛散や、路面の勾配や路面への降水により、薬剤が流出し結氷するに至つたと主張するのであるが、控訴人が主張する降水量はなんら証拠に基づかない主張である。
又、薬剤の流出は路面上の水量が約O・三粍程度になつたとき起ると主張するのであるが、わずか〇・三粍の水量で流失するとはとうてい考えられず、このような主張は極めて非科学的であり、否認する。
又、薬剤は「降水量(路面上の水量ではない)が約〇・三粍以上となつたとき流失状態が起り、薬剤の効果は失われる」とも主張するのであるが、これら主張の根拠は明らかでない。たとえ流失の状態が起つたとしても、直ちにその効果が全部失われるとはとうてい考えられない。薬剤の撒布は、道路がすでに濡れていたことを現認してなされたのであり、原審各証人の証言に照らしても、本件現場附近に薬剤の流失や薬効を失わせるような量の降雨があつたとは、とうてい考えられない。
更に、そもそも控訴人のこの様な主張が免責の理由になるとはとうてい考えられない。すでに凍結の危険性を確認して防止措置に入つた以上、危険個所についてはその後の状況の変化に注意し、更に何らかの手段を講じなければならない状態が生じたときは、遅滞なく所要の措置を講じることは、「道路を常時良好な状態を保つように維持し修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めねばならない(道路法四二条)」管理者の当然の責務であつて、一回の薬剤撒布さえ行えばその後は関知するところではないという控訴人の主張は、まことに驚くべき無責任さの表白といわなければならない(現場状況の変化等は、パトロールの実施や、新に常時危険性の大きい本件現場附近に、係員の詰所に連結する、温度や降水量等の自動モニタリングポストを設置すること等によつて、容易に把握し得るものである、又、交通量による薬剤の飛散については、所轄の木曽維持出張所内においても充分その交通量を監視し得るのである)
三1 控訴人は、本件現場附近には事故発生以前に結氷防止剤を撒布していたと主張しているのであるが、これが極めて疑わしいものであることは、原判決認定のとおりである。
薬剤の撒布をなしたという証拠は、原審証人近藤[金圭]次郎、同相渡良好の証言並びに乙第二号証であるが、証人近藤は、撒布作業時刻前から飯田に出張していて、現場における具体的作業状況を直接知るものでないことは証言上明らかである。又、乙第二号証の「雪寒作業状況一覧」を見ても、当日、北部地区に一定量の薬剤撒布をなした旨の記載はあるが、具体的に本件現場にどのように撒布されたのか全く不明である。却つて、乙第一号証「パトロール日誌」によれば、日義-日出塩(本件現場より約二五粁北東塩尻寄り)小雪との記載はあるが、「処置内容」「対策方法」欄等はなんらの記載がないことからみても、果して撒布措置が現実にとられたのかどうか、極めて疑わしいところである。しかも管理事務所から塩尻まで約三〇粁余りもあるのであるから、たとえ六〇袋の薬剤撒布作業が現実に行われたとしても、道路の面積や長さに対しては極めてわずかの量に過ぎず、全く撒布がなされない場所があつても何ら不思議ではないのである。現実に撒布作業に従事した相渡良好は、本件事故現場附近は危険個所であるので、特に念入りに撒布した旨の証言をしているが、現実には路面は現場附近で相当広範囲で凍結しており、薬剤の全面流失ということは考えられない当日の気象状況からみても、又、管内で一旦撒布した薬剤が、当日程度の降雨等によつて流失し、薬効がなくなつたような事例はない、との近藤証人の証言や、一旦撒布された薬剤は、普通の交通量によれば四日から一週間程度は続くものであるとの管理事務所の各証人の証言によつても、薬剤の撒布が現実になされたのならば、結氷という事実は全く不可解といわなければならない。なお、当日は、気温が下るといつても厳寒期ではなく、三月中旬の出来事であつてみれば尚更そうである。
2 原判決は、「本件事故現場手前約五粁地点には「凍結・通行注意」の電光式表示板が、更に事故現場カーブ手前の道路端には凍結の標識が設置されていたのであるが、本件道路が前認定のとおり極めて危険な程度に凍結していた以上、各標識等の掲示によつて通行の安全が確保されていたものとはとうてい認めることができない」と判示するのであるが、右判示は結論においては正当であるが、事故現場手前約五粁地点に「凍結・通行注意」なる電光式表示板が設置されていたとの認定は誤まつている。すなわち、当夜のその地点での表示は「下り塩尻方向雪通行注意」であり、積雪に対する警告は運転者に却つて結氷に対する注意心を弱めるものであることは経験則上明らかである。又、カーブ手前の凍結の標識も位置が高く、夜間はライトによつては照明されることができず、昼間はともかく夜間は全く標識としての用をなさないものであることは、現場附近に数台のスリツプ車が停止していた事実や検証調書添付写真によつても明らかである。更に、右標識は道路の具体的状況如何にかかわらず、一二月一日から三月三一日まで恒常的に掲げられているものであり、これらの標識の掲示がなされていたとしても、本件のような事故の発生を防止するに足る安全性が確保されていたものとはなし得ないのである。
本件事故現場は、東行は急なカーブが手前にあり、見通しが極めて悪く、従前からも凍結によるスリツプ事故に限らず事故が多発した場所であるにもかかわらず、なんら改善されることなく放置され、夜間の照明設備すらなされておらない、管理上、設備上の欠陥のある危険な個所であるといわなければならない。
四 亡片野厳に過失はない。
控訴人は亡厳が自車の運転に際し、防滑装置を着装していなかつた事実を同人の過失であると主張しているのであるが、このような主張は本件においては失当である。すなわち、同人は運転中に結氷のためスリツプし死亡したのではなく、スリツプ後道路左端のミゾに車輌が落ちた自車を道路上へ持ち上げる作業中、後続の車に激突され死亡したのであるから、スリツプの事実と死亡の結果との間には、相当因果関係はないのである。従つて亡厳に過失があるとすれば、後続のスリツプ車との関係での結果防止義務の懈怠の問題だけである。本件に即してこれをみれば、右のような状況の下で、直ちにまづ自車を道路上に持ち上げようとするのは関係者の自然の心情であり、しかもその場所が、何ら通行の邪魔にならない道路端であるので、後続車に対し格別の注意を払わなかつたとしても、なんら過失ありとすることはできないと考える次第である。後続車が自車に衝突するようにスリツプしてくることは全くの偶然であり、このことを予測することは甚だ困難であるといわなければならず、しかも、時間的にも持ち上げ作業を開始してすぐに起つた事故であるので尚更である。又、現場直前に急なカーブがあつたことは前述のとおりであるから、後続車に気付くことは一層困難であつたのであり、この点において亡厳の過失を認定した原判決の判断は誤まりである。
(証拠関係)<省略>
理由
一 本件事故の発生
請求原因1、の(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いはない。そして、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、原判決の理由第一の一、ないし四、の事実(<訂正関係省略>)を認めることができるのでこれを引用する。
二 本件道路の管理者および管理状況
本件道路は国道一九号線で、国が管理していたことについては当事者間に争いはなく、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、原判決理由第三の一、ないし四の事実(<訂正関係省略>)を認めることができるのでこれを引用する。
三 本件道路の管理の瑕疵と管理者の責任
1 道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つよう維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならないから(道路法四二条一項)、道路の維持、修繕に不完全な点があつて安全性を欠如する場合には、その管理に瑕疵があるものというべく、したがつて、道路の管理に瑕疵があることにより損害を生じた場合には、過失の有無を問わず、管理者は国家賠償法二条一項によりその損害を賠償すべき責任がある(最高裁昭和四五、八、二〇最判民集二四巻九号一二六八頁)。
2 本件道路の事故現場は前記引用した原判決認定のとおり、路面が凍結して、歩行にも危険を感じる程度に極めて滑り易い状態にあり、そのためまず被害車がスリツプし、次いで加害車がスリツプしたのであるから、道路が通常備えるべき通行の安全性を欠如していたことは明らかである。なお、前記引用した原判決認定のとおり、本件道路の事故現場手前約五粁の地点に「下り塩尻方面雪通行注意」の電光式情報板が、また事故現場手前のカーブ手前には「凍結」の道路標識が設置されていたのであるが、右情報板または道路標識により通行車両が減速、防滑装置の着装など他人に危害を及ぼさない速度と方法で運転すべき義務を負うのは別として(この点は後述する)、路面が凍結してそれが通行の用に供されていた以上、右情報板や道路標識の設置だけで通行の安全性が確保されていたと認めることはできない。
3 ところで、道路の安全性の欠如が回避不可能な場合には、その道路の管理に瑕疵はないというべきであるから、その点について検討する。
まず、前記引用した原判決認定のとおり、本件道路には事故現場を含む延長一五粁にわたり凍結防止剤六〇袋(一袋二五瓩)が撒布されたに拘らず(<証拠省略>によれば、本件道路の巾員は六・五米であるからこれにより計算すれば右撒布量は一平方米当り一五瓦となる)、現実には、事故現場附近は路面が凍結していたのであるから、その理由を考察するに、<証拠省略>によれば、特に事故現場附近だけ凍結防止剤の撒布洩れがあつたとは認め難く、一方、<証拠省略>によれば、凍結防止剤の予備的撒布による効果は主として吸湿潮解性により液化した溶液の氷点降下によるものであること、該溶液は交通量により効果の持続性が左右されるとともに、降雨等があれば薬剤の流出、稀釈によつて溶液の氷点が上昇し凍結し易くなること、前記撒布量の路面の薬剤の流出は路面勾配が一・五パーセントの場合、路面上の水量が〇・三粍程度となつた時起ること、事故現場附近の路面の平均勾配は約一・五パーセントであること、昭和四六年三月一六日午前九時から同一七日午前九時までの間に事故現場附近には〇・三粍を越す降水量(一粍ないし二粍程度)があつたことが認められるので、これらの事実を総合すると、事故現場附近は薬剤撒布後の降水により薬剤が流出し、その結果路面が凍結したものと推認される。
しかし、その程度の降水量のあること従つてそれにより薬剤撒布の効果が消滅するおそれのあることは決して予測し得ないものではないから、一旦路面凍結を予想してその予防措置を講じた以上、その後の状況確認のため、引続き、国道パトロールを実施し、気象状況等の変化によつてはさらに多量の薬剤を撒布するなど(控訴人の主張によれば右撒布量は気温零下五度、降水量〇・一粍を想定したものであるという)本件道路の路面凍結を防ぐ方法はあつたから、その措置を講じなかつた以上、その実施には予算、人員配置等において直接管理業務を担当する国道工事々務所の態勢では容易ならざるもののあることを考慮にいれても、やはり、事故現場の路面の凍結は回避不可能であつたと解することはできない。
よつて、本件道路の管理には瑕疵があつたといわねばならない。
4 控訴人は本件道路を冬季においても夏季と同程度の状態に管理することは不可能である旨主張する。当裁判所も、本件道路を冬季を通じて夏季と同程度に管理する義務があるとは考えない。たとえば、厳寒期大量の積雪を直ちに除去すること等は不可能であろう。また、広範な積雪寒冷地域内の路面の凍結を防ぐことは、時期、場所、気象状況その他によつては不可能な場合があることも否定できない。しかし、それだからといつて、前記認定の事情の下では、本件事故当時の事故現場の路面の凍結を防ぐことが不可能であつたと解するには至らない。
さらに、控訴人は、本件道路の管理の瑕疵の有無は運転者が防滑装置を講じていることを前提に判断されるべきである旨主張する。なるほど、当時の長野県道路交通法施行細則は、積雪または凍結している道路において自動車を運転する場合には防滑装置の着装を義務づけている。しかし、<証拠省略>によれば、当時、国道一九号線は全面的に積雪ないし凍結していたわけではなく、防滑装置の着装を要する部分と要しない部分とが混在していたことが認められるから、その要否の判断を誤る通行車両のあることも予想されるので、通行車両全部が防滑装置を講じていることを前提に道路の安全性の有無を判断するのは、本件においては相当でない(道路が全面的に積雪ないし凍結している場合の如きは本件とは別個の問題で、それぞれの具体的事情に応じて考察されねばならない)。
5 以上のとおり、本件事故は本件道路の管理の瑕疵によつて生じたものであるから、本件道路の管理者である国は国家賠償法二条一項により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。
四 損害額
損害額の認定は原判決理由第四(<訂正関係省略>)記載のとおりであるから、これを引用する。
五 過失相殺
前記引用した原判決認定のとおり、亡厳は被害車に防滑装置を着装しないままで運転して事故現場に至つた際、路面凍結のためスリツプして側溝に前車輪を落し、これを路面に戻す作業中またスリツプして車体が回転して名古屋方面に前部を向けて停車したので、その前部に立ち車体点検中に、折柄後向きに被害車の方にスリツプしてきた後続の加害車に挟撃されたものである。そして、<証拠省略>によれば、亡厳は本件道路に凍結部分があり把手も制動装置も効力を減殺されることを知りながら防滑装置を着装しないで被害車を運転してきたのであるから、この点に第一の過失があり、また現場は路面が凍結していたので後続の車両もスリツプして被害車に衝突することが予想されるので背後から接近してくる車両の有無に十分警戒すべきであつたのにこれを怠つた点に第二の過失がある。亡厳のこれらの過失により前記損害の賠償額は過失相殺によつて五割を減ずるのが相当である。
被控訴人は、亡厳が防滑装置を着装しなかつた過失は本件事故と因果関係がないので斟酌すべきでない旨主張する。しかし、過失相殺は公平ないし信義則の立場から損害の公平な分担を図る制度であるから、過失相殺における過失とは不法行為の成立要件としての厳格な意味における注意義務違反だけでなく、単なる不注意によつて損害の発生、拡大をたすける場合も含む広い意味に理解されるべきであつて、いわば、加害者の全額負担を相当としない事故に関する被害者の事情ともいうべきものである。本件において、被控訴人らは路面が凍結していたことをもつて控訴人の過失と主張するのであるから、自らも、路面の凍結を知りながら防滑装置を着装しないで運転した過失は(この過失は決して軽微なものとはいえない)、損害賠償額を定めるについて斟酌するのが公平ないし信義則にも沿う所以であり、また、その意味において因果関係も存するものと解すべきである。
六 損害の填補
被控訴人澄江、同真美、同真理らが自賠責保険から金五、〇〇〇、〇〇〇円、加害車の運転者の前記野田久登から金九九、〇〇〇円を受領したこと(一人当り金一、六九九、六六六円になる)、労災保険の遺族補償年金として年額金四七六、八七二円を昭和四九年三月一七日から同六〇年三月一六日まで一一年間受領することは被控訴人らの自認するところであり、<証拠省略>によれば右年金の受給権者は被控訴人澄江であることが認められる。
そうすると、前記過失相殺のうえ被控訴人らの控訴人に対する損害賠償額を算出して、右澄江、真美、同真理三名につき損害の填補分(一人当り金一、六九九、六六六円のほか被控訴人澄江についてのみ、さらに、右年金の受領済分と年五分の中間利息を控除した将来給付予定分)を差し引くと、被控訴人真美、同真理については各金一、〇一六、八六二円、同幸三郎、同籌子については各金二〇〇、〇〇〇円となり、同澄江については損害賠償請求権の全額を填補されて控訴人に対する損害賠償請求権は存在しないことになる。
算式(1)真美、真理につき
(12,099,168×1/3+1,400,000)×0.5-1,699,666 = 1,016,862
(2)幸三郎、籌子につき
400,000×0.5 = 200,000
七 弁護士費用
本件事案の性質、審理の経過および認容額に照らし、被控訴人らが控訴人に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用は、被控訴人真美、同真理につき各金一〇〇、〇〇〇円、被控訴人幸三郎、同籌子につき各金二〇、〇〇〇円を相当とする(被控訴人澄江については右賠償を認める由はない)。
八 結論
以上のとおり、被控訴人らの控訴人に対する本訴請求は、被控訴人澄江については理由がないからこれを棄却し、同真美、同真理については、各金一、一一六、八六二円およびこれから弁護士費用を除いた各金一、〇一六、八六二円に対する本件事故発生の日である昭和四六年三月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、被控訴人幸三郎、同籌子については、各金二二〇、〇〇〇円およびこれから弁護士費用を控除した各金二〇〇、〇〇〇円に対する前同様の遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を棄却すべきである。よつて、これと異なる原判決は不当であり、本件控訴は理由があるので、原判決のうち、控訴人と被控訴人澄江との間の控訴人敗訴部分を取消し、被控訴人澄江の請求を棄却し、控訴人と被控訴人真美、同真理、同幸三郎、同籌子とに関する部分を前記のとおり変更し、訴訟費用については民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 北浦憲二 弓削孟 光広龍夫)
【参考】第一審判決(大阪地裁昭和四七年(ワ)第一九七七号 昭和四九年四月四日判決)
主文
一 被告らは、各自、原告片野澄江、同片野真美、同片野真理に対し各金一、二八九、九〇一円、および各うち金一、一六九、九〇一円に対する昭和四六年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告片野幸三郎、同片野籌子に対し各金三六〇、〇〇〇円、および各うち金三四〇、〇〇〇円に対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自原告片野澄江、同真美、同真理に対し各一、二九八、一七二円、および各うち一、一七八、一七二円に対する昭和四六年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員、原告片野幸三郎、同籌子に対し各四二〇、〇〇〇円、および各うち四〇〇、〇〇〇円に対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
3 被告国につき、仮執行免脱の宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和四六年三月一七日午前三時一〇分頃
(二) 場所 長野県木曽郡日義村宮ノ越字山吹地籍先国道一九号線道路上
(三) 加害者 加害車普通貨物自動車(松本一や三五一二号)
(三) 右運転者 被告野田
(四) 被害者 片野厳
(五) 態様 被害者(以上亡厳という。)が同乗していた大型貨物自動車(大阪一な三五九九号、以下被害車という。)は、右道路を塩尻方面に向けて進行し右場所のカーブにさしかかつたが、折から路面結氷がひどく、除行して停車しようとしたところ、スリツプして道路左端の側溝に左前車輪が落ちこみ停車した。亡厳は、運転者らとともに下車して、直ちに車体を持ち上げ車輪を路面に戻す作業をし、同車を他の通行車両の邪魔にならないよう道路左端附近に安定させたのち、右作業中に反対方向に向きを変えた被害車の前部を点検していた。そこへ、折から塩尻方面に向けて疾走してきた被告野田運転の加害車が、前記カーブにさしかかつたとき同被告が慌てて右にハンドルを切つたが、結氷のためハンドルが利かず、道路右側の木曽川に突込みそうになつて急制動の措置をとつた結果、車体を二回転させながら進行してきて、亡厳を狭撃して被害車に激突した。
2 責任原因
(一) 被告野田
被告野田は、加害車を運転中、前方不注意、安全運転義務違反の過失により本件事故を発生させた。(民法七〇九条)
(二) 被告国
被告国は、右国道一九号線の占有者かつ所有者で、これを管理していた者であるが、本件事故発生当時事故現場附近は気温が低下し、結氷が著しく、本件事故の他にも結氷によるスリツプ事故が多発している状況にあつたにも拘らず、結氷防止措置、通行禁止あるいは通行車両に対する警告等の事故発生を防止する適切な措置をとらなかつたから、道路の管理に瑕疵があつた。(民法七一七条、国家賠償法二条)
3 損害
亡厳は、本件事故により昭和四六年三月一七日午前五時三〇分死亡し、同人の妻である原告澄江、同人の子である原告真美、同真理は、亡厳の逸失利益の賠償請求権を各三分の一宛相続し、また左記のとおり損害を受け、亡厳の父母である原告幸三郎、同籌子は左記のとおり損害を受けた。
(一) 亡厳の逸失利益とその相続
亡厳は、テレビ局や演劇関係に衣裳・道具類を賃貸することを業とする大阪の満仲商店の社員として月収八〇、〇〇〇円を得ていたが、事故に遭わなければなお二七年は就労可能で、生活費は収入の四〇パーセントであつたから、ホフマン式により算出した同人の逸失利益は九、六七九、一〇四円となり、この賠償請求権を原告澄江、同真美、同真理において各三分の一(三、二二六、三六八円)宛相続した。
(二) 慰藉料
原告澄江、同真美、同真理 各一、四〇〇、〇〇〇円
原告幸三郎、同籌子 各 四〇〇、〇〇〇円
(三) 弁護士費用
原告澄江、同真美、同真理 各 一二〇、〇〇〇円
原告幸三郎、同籌子 各 二〇、〇〇〇円
4 損害の填補
原告澄江、同真美、同真理らは、自賠責保険から五、〇〇〇、〇〇〇円、被告野田から九九、〇〇〇円を受領し、労災保険から年額四七六、八七二円を昭和四九年三月一七日から同六〇年三月一六日まで一一年間合計五、二四五、五九二円受領する予定であるので、この範囲において(原告澄江、同真美、同真理につき各三、四四八、一九六円)原告らの損害は填補されている。
5 結論
よつて原告らは被告ら各自に対し、請求の趣旨記載のとおりの金員、および弁護士費用を除く部分に対する本件事故発生の日である昭和四六年三月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告野田
請求原因1の事実は認める。2(一)の事実は否認する。3の事実中、亡厳と原告らの身分関係、相続関係、および亡厳の死亡の事実は認め、その余の事実は争う。4の事実は認める。
2 被告国
請求原因1の事実中、(一)ないし(四)の事実は認め、(五)の事実中、本件事故現場附近道路の結氷がひどかつた点は否認し、その余の事実は知らない。2(二)の事実中、被告国が国道一九号線を管理していたこと、および当時事故現場附近は気温が低下していたことを認め、その余の事実および主張は争う。34の事実は知らない。
三 被告らの主張
1 被告野田
(一) 不可抗力
被告野田は、本件国道上には何ら障害がないものと信じて加害車を運転していたものであるが、同被告にとつては、当日の天候などから事故現場にさしかかるまではその附近一帯が結氷のため危険な状況であることを察知することが困難であつた。また事故現場手前の道路が力ーブしていることから先行の車両数台が次々にスリツプのため道路左側に落ちこんでいるのを発見することができない状況にあつた。ところが前記カーブにさしかかつた附近で突如加害車の車体がスリツプを始め、ブレーキ、ハンドル操作によつてはスリツプを止めることができない状態になり、そのまま滑走したのであるから、被告野田には前方不注視、安全運転義務違反の過失はなく、本件事故は道路の結氷に起因する不可抗力による事故である。
(二) 過失相殺
仮に、被告野田に過失が認められるとしても、亡厳も先行車数台がスリツプ事故のため走行不能の状況にあることを知つていたのであるから、後続車もおそらくスリツプするにちがいないことに思いをいたし、車両の引き上げ、点検等の作業にあたつては、後続車の有無に十分注意を払い、後続車が結氷個所の前方で安全に停車しうるように避護の合図をし、あるいは少なくとも自らは安全な場所に待避するよう心掛けるべきものであつたのに、後続車に対する配慮をしなかつた過失があるから、損害額の算定につき斟酌すべきである。
2 被告国
本件道路の設置、管理には何らの瑕疵がなかつた。
(一) 本件事故現場附近の道路の一般的管理状況
国道一九号線は、アスフアルト舗装および安全施設を完備した幹線国道であり、本件事故現場附近の国道は、冬期間積雪寒冷の度がはなはだしい道路として、「積雪寒冷特別地域における道路交通の確保に関する特別措置法」(以下積寒法という。)三条によって積雪寒冷特別地域(以下積寒地域という。)に指定されている、いわゆる木曽路と称される道路である。
本件道路は、道路法一三条一項別表により全線指定区間として、建設大臣(具体的には、建設省中部地方建設局飯田国道工事事務所および同木曽維持出張所)が管理しているもので、建設大臣は、通行車両の安全確保のため、長野県木曽郡日義村稲荷沢四七七四地先(名古屋から長野に向かう車両に対し)および塩尻市機屋敷(長野から名古屋に向かう車両に対し)に電光式情報板を、また適宜道路端に道路情報板を設置して、通行車両に対し通行上の情報を提供するとともに、谷間の日陰部分および力ーブ地点等の注意箇所にはその旨を表示した道路標識を設置して通行の安全措置を講じ、一日一回パトロールを行なつて道路状況を巡視していた。また、本件道路は積寒地域に指定されているため、その日の天候に応じて適宜パトロールを行なつて、道路の積雪、凍結等道路状況の巡視を行ない、その結果通行車両への注意等が必要であると判断したときには、前記電光式情報板、あるいは道路情報板に道路情報を掲示したり、凍結のおそれがある場合には凍結防止剤(塩化カルシユーム)を路面に撒布していた。
(二) 事故発生時の管理状況
事故前日の昭和四六年三月一六日の木曽維持出張所管内の昼間の天候は曇で、同日午前中に実施したパトロールでは路面の凍結をもたらす状況はなかつた。同日午後四時頃からみぞれが降り始めたので同五時から八時にかけて本件道路全線のパトロールを実施したところ、長野県木曾郡日義村から北部塩尻方面について、雨と一部小雪区間があり、凍結のおそれがあつたので、直ちに日義村稲荷沢地内から楢川村桜沢間の凍結注意箇所(本件事故現場を含む。)に前記凍結防止剤六〇袋(一袋二五キログラム入)を撒布し、凍結に対処した。また、当夜の天候および道路状況を判断して、午後九時三〇分頃前記電光式情報板を操作して、日義村には「塩尻方面、雪、通行注意」、塩尻市には「名古屋方面、雪、通行注意」の標示を掲出し、通行車両に対し道路情報を提供し、その注意を喚起し、交通の安全を図つた。
以上のとおり、被告国は、本件道路について凍結防止、通行安全措置を講じていたから、その設置および管理に何らの瑕疵がなく、本件事故について何らの責任がない。
なお、本件事故現場附近は、冬期においては特に寒冷の厳しい地区であり、夜間の降雪の影響により凍結防止剤を撒布したにも拘らず凍結することがあり、これは通常長野県内の各地に生ずるものであり、現在の技術では凍結を完全に防止することは不可能である。また、通行禁止措置をとらなかつたことについては、通行車両がタイヤチエーンあるいはスノータイヤを使用すれば安全に通行することができ(なお、昭和三五年一二月一九日公安委員会規則第四号長野県道路交通法施行細則九条五号によれば、積雪又は凍結している道路を運転するときはタイヤチエーン等の防滑タイヤを用いる等すべり止めの処置を講ずべきことが義務づけられている。)、寒冷地域について通行を禁止すれば冬期間交通が麻痺し閉鎖される結果となるので、通行禁止は適切な措置とはいえないものであるから、何ら非難されるべきものではない。
要するに本件事故は、専ら被告野田が道路状況を無視して普通タイヤのままで漫然と高速で加害車を運転したことに起因するものである。
第三証拠<省略>
理由
第一事故の発生について
請求原因1の(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。被告らは責任原因を争うので、先ずその前提となる本件事故の態様について判断する。
請求原因1(五)の事実は、原告らと被告野田との間において争いがない。そして、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
一 本件事故現場は、国道一九号線上で、いわゆる木曽路の中程にあたる所にあり、名古屋方面から塩尻方面に向かい先ず左に力ーブし、次に直線部分となり(事故現場は力ーブから直線部分に入つて約一二六米の所である。)さらに右に力ーブする道路の直線部分上である。右直線部分は塩尻方面(北方)に向かい百分の一の下り勾配となつているが、路面自体は平坦であり、前方の見通しは良好である。右道路は、幅員約七・六米のアスフアルト舗装道路で、塩尻方面に向かい右端には道路に沿つて力ードレールが設けられていて、その外側は木曽川となつており、道路の左端には側溝が設けられ、その外側はコンクリートないしは石積の擁壁となつていた。事故現場附近には照明設備はなく、夜間は暗く、また現場附近は駐車禁止の交通規制が行われていた。そして本件事故当時は曇天で、時折小雪が舞う程度であり、事故現場附近の道路は路面が全面的に凍結し、道路表面の結氷のため歩行にも危険を感じる位のきわめて滑り易い状態になつていた。
二 亡厳は、昭和四六年三月一七日被害車(普通貨物自動車、大阪一な三五九九号)を運転して本件道路を名古屋方面から塩尻方面に向かい、同日午前三時前頃本件事故現場にさしかかつたが、前記のとおり路面が凍結していたため、スリツプして左前車輪が道路左端の側溝に落ちこんで停車した。そこで同乗者である長谷川喜一、満仲正敏を下車させ、側溝から車輪を上げるため被害車を前進させたところ、車輪を側溝から路面上に戻すことには成功したものの、路面が凍結していたため車体が半回転し、名古屋方面(南方)に前部を向けて道路の擁壁側(塩尻方面に向かつて道路左側)に道路端に沿つて停車した。そこで亡厳も下車し、被害車の前部附近に立ち、南方に背を向けて右長谷川、満仲とともに被害車を点検していた。
三 被告野田は、加害車を運転して本件道路を塩尻方面に向かい、前同日午前三時頃本件事故現場手前の力ーブを左折して直線部分に入り、時速約五〇粁で進行していたが、前方道路上の被害者に約七六米の距離に接近したころ、道路左側に停車中の被害車を発見し、さらにその前方に大型貨物自動車が道路を塞いで停車しているのに気づき、衝突の危険を感じて咄嵯に急制動の措置をとつたところ、路面凍結のためスリツプし、道路右側の方に進行してガードレールに近接した所で車体が半回転し、そのまま後部を先頭にして後向きに被害車の方に滑走して行き、被害車前部中央附近に加害車後部右側が衝突したが、その際、前記のとおり被害車を点検していた亡厳と満仲を狭撃し、亡厳は同日午前五時三〇分頃右衝突による右側胸腔内および腹腔内出血等により出血死した。
四 被告野田は、かねてから本件国道を冬期に再三通行しており、事故当日も本件事故現場手前約五粁の木曽維持出張所前の電光式情報板(凍結・通行注意の標示)と事故現場手前の力ーブ手前の道路標識(凍結の標示)により、また当夜の冷えこみ等により、本件道路に関し路面凍結のおそれがあることを知つていた。そして、同被告は、加害車には野菜等を満載して積載量を超過していることを知つていたが、事故後の警察の調べでは超過積載量は三、九〇〇瓩であつた。また、加害車の車輪は普通タイヤであつて、チエーンもまいてなかつた。
以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
第二責任原因について(被告野田)
前記第一認定の本件事故の態様によれば、被告野田は、事故現場へ至るまでに路面凍結のおそれがあること、および加害車が積載量を超過していることを知つていたのであるから、普通タイヤで走行する以上、安全通行のためには走行速度を下げ細心の注意を払つて進行しなければならなかつたのに、漫然時速約五〇粁で本件事故現場を進行し、前方道路左側に被害車が停車している道路状況であつたのにも拘らず、その手前約七六米に迫るまで、速度を落とし徐々に制動措置をとる等の衝突事故の発生を避けるための措置を何らとらず、そのまま進行してきた過失により、そこに至つてはじめて急制動の措置をとつて加害車をスリツプさせて本件事故を発生させたものと認められ、同被告主張のように不可抗力で発生したものではないと認められるから、被告野田は、民法七〇九条により本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
第三責任原因について(被告国)
被告国が本件道路を管理していたことは当事者間に争いがない。そこで、本件道路の設置又は管理に瑕疵があつたかどうかを判断するため、まずその前提となる本件道路およびその管理状況について判断する。
当事者間に争いのない事実と、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。
一 被告国は、建設省中部地方建設局飯田国道工事事務所木曽維持出張所を設けて本件道路を管理していたが、本件道路は、「積雪寒冷特別地域における道路交通の確保に関する特別措置法」(昭和三一年法律第七二号)三条一項の規定に基づき、積雪寒冷が特にはなはだしい地域内において道路交通の確保が特に必要であると認められる道路に指定されていた。
二 そこで、木曽維持出張所は、毎年一二月一日から翌年三月三一日までを積寒対策期間として本件道路の積雪、凍結に対処して事故防止のための道路管理をし、通行車両の安全確保のため長野県木曽郡日義村稲荷沢の木曽維持出張所前、および塩尻市に電光式情報板を、また適宜道路端に道路標識を設置し(本件事故現場の名古屋寄り約二〇〇米の所には「凍結」の道路標識が設置されていたが、これは雪寒対策期間中継続して設けられていたものであり、一般的に注意を喚起するためのものであつて具体的に凍結箇所を表示するものではなかつた。)、通行車両に通行上の情報を提供し、また、日曜日等を除く通常の日には午前中に一回の国道パトロールを、気象状況等により必要となつたときには午後に雪寒パトロールをし、その結果必要な場合には凍結防止剤(塩化カルシウム系)の撒布により路面の凍結を防止し、通行の安全を確保することにしていた。
三 昭和四六年三月一六日の午前中の国道パトロールでは異常はなかつたが、本件道路全般にかけて路面が湿潤する(路面を水が流れる程度には至らない)程度の小雨ないしは小雪が降つていた。そして、日没頃には路面が濡れており、山岳地帯で夜間気温が低下して路面凍結のおそれがあるところから、右出張所では注意態勢を敷き、本件事故現場を含む危険箇所に凍結防止剤を予備撒布することとなり、同日午後八時一五分から同日午後一〇時頃までに、木曽維持出張所から境橋までの二六・五粁のうち延長一五粁にわたり凍結防止剤六〇袋(一袋二五砥)を撒布し(本件事故現場附近を撒布車が通過したのは同日午後八時三〇分頃となるが、この附近の撒布については後述する。)、その後、出張所職員は宿直の者一名を除いて帰宅し、宿直の者も午後一二時頃就寝した。
四 前記小雨は、木曽維持出張所あたりでは同日午後一二時頃までにはやみ、その後も同出張所に気象の変化等の通知は何ら来なかつたが、本件事故現場附近には時折霧雨程度の小雨ないしは小雪が残つていた。
五 凍結防止剤の効果は、木曽維持出張所管内の場合、雨が降ることがなく通行量が事故当時のものであれば、四日から一週間程度続くものであるが、雨が降つて薬剤が流れてしまえば凍結防止の効果はなくなるものであつた。
以上の事実を認めることができる。ところで、被告国は、本件事故現場にも凍結防止剤を撒布したから凍結していなかつたはずであると主張し、<証拠省略>中には、本件事故現場附近は危険箇所だから特に念入りに撒布した旨の供述部分があるが、実際には前記第一で認定したとおり路面が全面的に凍結していたのであるから、この点について考えるに、右薬剤を撒布はしたがその後の急激な気象の変化により薬剤が流失して効果がなくなる程の降雨があつたかどうかの点については、右認定の事実によれば当時の気象状況からはそのような急激な降雨があつたものとは認められないばかりでなく、むしろ路面が湿潤する程度の霧雨で、薬剤が流失することはなかつたのではないかと認められるのであり、事実被告国は、凍結防止剤撒布にも拘らず急激な気温の低下により凍結することがあり得ると主張するが、この点についても、<証拠省略>によれば、木曽維持出張所管内においては従来そのような例がなかつたことが認められるので、その主張は認められず、結局、現実に路面が凍結している以上、証人相渡良好の右供述部分はたやすく採用することはできず、他に凍結防止剤を撒布したことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ本件事故現場には凍結防止剤が撒布されなかつた可能性が高いものと認めざるを得ない。
さて、以上のとおり本件事故現場附近は路面が凍結していたものであり、前記第一認定の本件事故の態様によれば、本件事故は路面の凍結と被告野田の前記第二認定の運転上の過失により発生したものと認められ、また、前記認定のとおり歩行も危険な位に路面が凍結していたことは、それが通行の用に供されている限りにおいて道路が通常備えるべき通行の安全性を欠如していたものと認められる。なお前記認定のとおり本件事故現場手前約五粁の地点には「凍結・通行注意」の電光式情報板が、さらに前記カーブ手前の道路端には、「凍結」の標識が設置されていたのであるが、本件道路が前認定のとおり極めて危険な程度に凍結していた以上、右標識等の掲示によつて通行の安全性が確保されていたものとは到底認めることができない。
ところで、被告国は本件国道を通行の用に供している限り冬期間の道路交通の安全確保のため、路面の凍結防止等の安全対策をとる道路管理上の義務があると認められるところ、前示認定のとおり凍結防止剤を確実に撤布することにより凍結防止が可能であり、現に一般的には危険箇所にこれを撤布して凍結を防止していたことが認められるにも拘わらず、前述のとおり本件事故現場附近には撒布されなかつた可能性が高くて現実には明らかに凍結していたものであり、かつ凍結するについて薬剤の撒布後の不測の大雨による流失、あるいは予測し得ない急激な気温低下による凍結等の不可抗力による凍結であることが認められない本件については、被告国に道路管理上の瑕疵があつたものと認めるのが相当である。また、本件道路のように路線全部ではなくその一部分が凍結していた場合に、事故を起こした車両がたまたま防滑タイヤをしていなかつたことをもつて、道路管理上の瑕疵がなかつたことになるとは到底いえないから、本件事故の発生は専ら普通タイヤのまま走行した被告野田の過失によるとの被告国の主張は、その理由がない。
以上のとおり、被告国に道路管理上の瑕疵があつたものと認められるから、被告国は国家賠償法二条により、原告らに対し本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
第四損害について
一 亡厳と原告らの身分関係および相続関係について
請求原因3頭書の亡厳と原告らの身分関係および相続関係は、原告らと被告野田の間に争いがなく、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると右の事実が認められる。
二 亡厳の逸失利益について
<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、亡厳は、本件事故当時三六歳の普通健康体の男子で、有限会社満仲商店に運転手兼セールスとして勤務し、月平均八〇、〇〇〇円の給与と年間三ケ月分の賞与を得ていたことが認められる。右の事実に経験則(昭和四六年度の賃金センサスを含む。)を併せ考えると、亡厳は、事故がなければ六三歳までの二七年間就労可能で、その間右収入を下まわらない収入を得ることが可能で、同人の生活費は収入の四〇パーセントであると考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年毎のホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると一二、〇九九、一六八円となる。(なお、右認定の逸失利益については原告らの主張額を超えているが、後記のとおり過失相殺等があり、認容総額において原告らの請求の範囲内であれば差支えがない。)
(計算式八〇、〇〇〇×(一二+三)×〇・六×一六・八〇四四=一二、〇九九、一六八)
三 慰藉料について
前記認定の本件事故の態様、亡厳の死亡の事実、および亡厳と原告らの身分関係諸般の事実を併せ考えると、原告らが本件事故によつて受けた精神的損害に対する慰藉料額は原告澄江、同真美、同真理につき各一、四〇〇、〇〇〇円、原告幸三郎、同籌子につき各四〇〇、〇〇〇円を相当とすると認められる。
第五過失相殺について
前記第一認定の本件事故の態様によれば、亡厳は被害車を運転して本件事故現場に至つた際、同車が路面凍結のためスリツプし側溝に左前車輪を落とし、これを路面に戻す作業中に車体が回転して名古屋方面に前部を向けて停車したものであるところ、夜間で照明設備のない場所で進行方向である塩尻方面に向かつて道路左側に停車しているのであるから(なお事故現場は駐車禁止の規制もなされていた。)後続車両が同様にスリツプして回避措置をとることができずに被害車に衝突してくることは容易に考えられるはずであつて、かかる状況のもとにおいて被害車の前部附近に立つてこれを点検するに際しては、背後(名古屋方面)から接近してくる車両の存否に十分注意を払い少しでも安全な場所に早く退避できるよう注意すべきであつたと認められるところ、亡厳にも背後に十分注意を払わないまま被害車の前部附近に立つていた点に落度があると認められるから、前記損害額を過失相殺してその一割五分を減じるのが相当である。
第六損害の填補について
請求原因4(損害の填補)の事実は原告らの自認するところである。なお、労災保険からの給付金は未受領分であることが明らかであるが、原告らがこれを控除すべき部分を特定して本訴で請求しているから、この未受領分も損害の填補に含めて考えるのを相当とする。
そうすると、前記過失相殺のうえ、損害の填補分を差し引いて損害残額を算出すると、原告澄江、同真美、同真理につき各一、一六九、九〇一円、原告幸三郎、同籌子につき各三四〇、〇〇〇円となる。
{計算式原告澄江、同真美、同真理(一二、〇九九、一六八÷三+一、四〇〇、〇〇〇)×〇・八五-三、四四八、一九六=一、一六九、九〇一
原告幸三郎、同籌子 四〇〇、〇〇〇×〇・八五=三四〇、〇〇〇}
第七弁護士費用について
本件事案の性質、審理の経過および認容額等に照らし、原告らが被告らに対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用額は、原告澄江、同真美、同真理につき各一二〇、〇〇〇円、原告幸三郎、同籌子につき各二〇、〇〇〇円を相当とすると認められる。
第八結論
以上のとおり、原告らの被告ら各自に対する本訴請求は、原告澄江、同真美、同真理につき各一、二八九、九〇一円、およびこれから弁護士費用を除いた各一、一六九、九〇一円に対する本件不法行為の日である昭和四六年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の、原告幸三郎、同籌子につき各三六〇、〇〇〇円、およびこれから弁護士費用を除いた各三四〇、〇〇〇円に対する前同日から支払ずみまで前同様の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、なお仮執行免脱の申立は相当でないのでこれを却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥村正策 小田泰磯 菅英昇)